ゴルフR、新排出ガス規制導入で出力抑制へ

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欧州自動車メーカーは、今年9月から導入する世界共通の排出ガス・燃費基準「WLTP:Worldwide harmonized Light vehicles Test Procedure」を控え、排出ガス・燃費に関わる排気系システムやエンジン出力の見直しを急ピッチで進めている。

 

フォルクスワーゲンは、ゴルフRに搭載される2.0ℓ4気筒ターボエンジンの現行の出力を、310psから300psへと引き下げる決断をした。8代目ゴルフを待ち望んでいた矢先の出来事で、寝耳に水であると同時に、400ps超の新型ゴルフRへの期待も一気にトーンダウンしてしまうニュースである。

 

今回はワーゲンのホットハッチであるゴルフRを取り上げるが、この問題はワーゲンだけでなく、欧州自動車メーカー全体に関わる。ではなぜ、導入まで2ヶ月を切った今になって、急に話題になっているのか見ていくこととしよう。

 

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▶緩い「NEDC」VS. 厳しい「WLTP」

世界共通の排出ガス・燃費基準「WLTP」は、これまで世界の国々や地域で異なっていた排出ガス・燃費基準を、国連の主導で世界各国の実際の運転状況を調査したうえで、標準的な走行パターンをもとに作成された排出ガス・燃費の世界統一基準である。

 

「WLTP」の導入により、自動車メーカーは輸出先ごとに燃費を計測し直す必要がなくなり、ユーザーは国別の燃費差を気にしないで済むようになるので、輸入車購入を検討する際は、これまでよりも維持費の計算がしやすくなる。

 

もちろん、候補となるクルマが複数のメーカーにまたがる場合も比較しやすい。「WLTP」は自動車メーカーにとっても、ユーザーにとってもメリットのある基準と言える。

 

しかし、欧州自動車メーカーは、これまで、「NEDC:New European Driving Cycle」という実際の運転状況ではなく「想定される運転状況」をもとに走行パターンを作成し、排出ガス・燃費の測定を行う方法を採用してきたため、「WLTP」よりも緩い基準で車両開発をしてきた。

 

想定運転状況よりも厳格な実際の運転状況をもとにした「WLTP」に適合させるには、既存モデルのエンジンや排気系システムの見直しと改良が必要となる。

 

9月の本格導入を控え、これまでよりも厳しい「WLTP」に適合させるためのメーカーの対応策が、「パワーダウン」という形でクローズアップされているのである。

 

▶ゴルフRの見直しはラインアップにも及ぶ

冒頭でも述べた通り、ゴルフR のパワーは310psから300psへと引き下げられるのだが、このダウングレードは現在注文を受けているものからスタートする。

 

そういう事情もあってか、ヨーロッパのディーラーでは「内燃機関300ps超の最初で最後のゴルフR」である、310ps版のゴルフRがすでに貴重な存在となっている。そして、日本では全く問題にはならないが、ヨーロッパでは不満を買ってしまう問題もある。

 

それは、ゴルフRのラインアップから、3ドアと6速マニュアルの設定が無くなってしまうことだ。

 

ワーゲンが切り開いた7速ツインクラッチは、ダウンサイジングターボと共にヨーロッパでも相当に受け入れられ、他メーカーもこぞって同様のトランスミッションをマーケットへ投入してきた。とはいえ、マニュアルを好むドライバーも依然として多く、各メーカーは、ほぼあらゆるモデルでDCTないしはATとマニュアルの両方を設定するという対応で顧客を繋ぎ止めてきた。

 

しかしながら、「WLTP」の導入によって、窒素酸化物の排出量をより削減するためのエコなエンジン特性を引き出すべく、燃費効率の良いDCTやATを選ばざるを得ない状況となった。ゴルフRがホットハッチというポジションにいるだけに、クルマを操る楽しみの源泉であるマニュアルが無くなることは、ワーゲンにとっては痛く、ファンにとっては悲しいことなのだ。

 

ワーゲンのヨーロッパのオンライン・コンフィギュレーターでは、すでにマニュアルが姿を消しているという。迅速な対応は顧客を混乱させないという意味で正解だが、あまりにドライな感じもしないでもない。マニュアルのファンにとっては複雑な心境だろう。

 

▶世界一のワーゲングループは動きが早い

「WLTP」適合へ向けた動きは、ワーゲングループの中でも速やかに行われている。

 

スペインのカタルーニャ州に本拠地を置くワーゲン傘下のセアト社は、同社のホットハッチ「レオン クプラ300」というモデルを現状の300psから先代と同水準の290psへとダウングレードさせ、車名も「レオン クプラ290」と、いち早く改めている。

 

ちなみに、2014年「レオン クプラ280」というモデルは、当時の市販FF車の最速タイム「7分58秒44」をドイツのニュルブルクリンク北コースで記録している。

 

ワーゲンがグループを挙げて、パワーの象徴のようなモデルのダウングレードにいち早く取り掛かり、「WLTP」適合へ向けて積極的に動く姿勢は、一連のディーゼル不正問題で失った信頼を回復させる一助になるかもしれない。

 

また、ドイツ政府としても、ドイツ経済の牽引役である自動車産業にこけてもらっては困るということもあり、「WLTP」適合へ向けた動きの舞台裏には「産官連携」が垣間見える。なお、日本では、今年10月から「WLTP」へ完全移行することを国土交通省が発表している。

 

▶クラフトマンシップの新たな挑戦

世界最大の自動車メーカーであるフォルクスワーゲンが、永遠のベンチマークであるゴルフ、究極のゴルフRのダウングレードによって、「WLTP」適合へ向けて動き出した。そして、他メーカーも、「WLTP」適合へ向けた動きを今後活発化させるだろう。

 

割り増しされる税金を気にしないクラスは別として、500万円前後のハイスペックモデルは顧客を繋ぎ止めるべく、ダウングレードは避けられない。パワーダウンで失った魅力をどのように補っていくのかが、今後の各メーカーの腕の見せ所となるだろう。

 

「より環境に配慮した、ハイパフォーマンス」という挑戦状が、質実剛健なドイツ流クラフトマンシップへ投げかけられている。

 

Photo source:Volkswagen

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